3月 28日 松原泰道著 『公案夜話』-第10回〔非風非幡〕

 ――― 非風非幡(ひふうひばん) ―――

 この公案は、中国・唐の時代にあって禅宗をおおきく発展させ、現代に繋がる禅宗の基盤を作ったといわれる六祖・慧能(えのう)大師にまつわるお話で、慧能大師がその師である五祖・弘忍(ぐにん)大師から印可を得て達磨大師から伝わる法を継いだ後、その後更に十五年間、山間僻地で修業を積みいよいよその存在を世に知らしめるきっかけとなった逸話から発しています。
 慧能は、広東(かんとん)の街で印宗(いんじゅう)という和尚の『涅槃経(ねはんきょう)』の講座があると聞いて、その聴講に出かけました。その会場で講座は始まりを待っていると二人の僧が、講座の開催を知らせる旗(幡)がはためいているのに対し、一人が「幡が動く」といい、他方は「風が吹くから旗が動くのです」と言い争っています。
 それを見ていた慧能はそこに割って入って「風動くに非ず、幡動くに非ず、仁者(あたなたち=修行者に対する尊称です)の心が動くのだ」と指摘します。それを聞いた二人は愕然としたと伝えられていますが、それは想像の域です。この二僧から話を聞いた印宗和尚は慧能大師を礼を尽くして迎え入れるのですが、「六祖」となられる人が下野し修行を重ねておられる、という風評は当時禅に関わる者ならば皆に知られている事でした。
 さて、ここでこの公案が投げかけている課題とは何か。松原泰道さんは「この公案は『風幡(ふうばん)心動(しんどう)(風・幡・心動く)』とも呼ばれます。すなわち、動と静とかの現象を凝視しつつ、その現象を離れたところにある真理を体験で認識するのがこの公案の使命です。主観の中に客観を、客観の中に主観という矛盾を高めて、主客合一の場を創造しよう、といいかえてもいいでしょう」と言っています。
 後の中国・宋の時代の無門慧開和尚は、「風動くに非ず、幡動くに非ず」更に「是れ心動くに非ず」と言って、更なる課題を突き付けています。松原泰道さんの解説を拝借して、「つまり『あなたたちは、心動くから風や旗も動くように見えるのだと思いますなら、それも誤りだ。〝心動く〟とは、動く・動かないといった相対的な認識を越えたところを慧能は示唆しているのだ。さあ、慧能の示唆したところをさとってお祖師さま(慧能大師)にお目にかかるがよい、どうしたら、本当に祖師にお目にかかる(真理を体験する)ことができるか……』という公案です」とされております。更なる修行を重ねて、これらの課題に取り組んでみては如何か、ということです。
 

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