4月 4日 松原泰道著 『公案夜話』-第11回〔無精説法〕

 ――― 無精説法(むじょうせっぽう)—山川草木の声を聴く ―――

 この「無精説法」でいう〝無精(むじょう)〟は「思いやりや同情心がないというのではなく」「人間のような感情や意識を持たない存在」という意味で、即ち草木等の自然にあるものすべてを指し、煎じ詰めれば、こうした「天地自然のすべてが仏法(真理)を説いている」という意味になります。
 その「自然が語る真理」とは、何時、どんな状況で聞けるのか。それは決して特別な時や状況が必要な訳ではなくいつでもどこでも聞けるのです。むしろ〔聞く側〕がその心を備えているかどうか。たとえば、物理学者ニュートンはリンゴが樹枝から落ちるのを見て、万有引力の法則を発見しました。又、イギリス人のワットは、沸騰して湯沸かし器がふたを持ち上げる現象から蒸気力のエネルギ-を発見したといわれます。
 また、東京の小学4年生が作った俳句に、
  風鈴が風のことばをおしえてる (『ちいさな一茶たち』から)
というのがあります。素晴らしいではありませんか。
 ところで、この「無精説法」という公案は、中国で曹洞宗の開祖となった洞山良介(とうざんりょうかい)和尚がその師南陽慧忠(なんようえちゅう)禅師から与えられ、長い時間をかけてこの公案と取り組みます。洞山が修行の行脚(あんぎゃ)に出ていたとき、途中で川を渡ろうとして水面に映る影を見て大悟(悟ることができた)した、ということで有名になりました。
 同じように、中国・宋代の文学者であり政治家でもあった、日本でも有名な蘇軾(そしょく=蘇東坡〈そとうば〉として有名)が政治的に失意のときに、ある旅の途中の藘山(ろざん)で修業をします。その時、臨済宗の高僧・照覚常聡(しょうかくじょうそう)禅師からこの公案を与えられます。蘇東坡は数日間不眠不休でこの公案と取り組みますが、中国古来の宗教にもつうじ、かつ詩や書画にも造詣が深い彼をしてもとうとう解くことができません。止む無く蘇東坡は藘山を下るのですが、その帰りの道すがらもこの公案が頭から離れません。そして、来た時と同じ渓谷にさしかかったときに、岩を食み流れる谷川の急流を見て悟ったといわれます。
 そして、その後に詠った有名な詩の最後に
 「他日(たじつ)如何(いかん)か人(ひと)に挙似(こじ)せん」、すなわち「後日人にどのように説明したらよいのだろうか、とても言葉では説明できない(体験するより外ない)」と。

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