7月26日 輪読会『禅語遊心』から-第2回

やや間が空きましたが、玄侑宗久さんの著書『禅語遊心』の第2回目です。
 ―― 八風吹けども動ぜず ――
 「動じない」ということは、なにも岩のようにガンとして動かないということではありません。「動じない心」ということは、車のニュートラルのようなもので、ニュートラルであるがゆえに前進でもバックでも、その都度自由にできるということです。それを往々にして「禅とはニヒルで無感動なのか」と誤解する人もおられますが、禅では、動じない心とは、自分がもともと必ず持っている「本来の心」、それを掴みなさい、といっています。
 玄侑さんはこの「本来の心」を「からっぽの心」ともいっておられる。からっぽな心ゆえに、どのような世間の風(八風には仏教用語で世間的な色々な風評を表しています)にも自由で動じない、と言っておられます。
 その何のわだかまりのない「からっぽの心」なるがゆえに、自分の心に率直に反応して自由に笑い、喜び、悲しむことができる、ということです。

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