――― 不思善悪 ―――
〔ふしぜんあく〕と読みます。文字通り「善を思わず・悪を思わず」という意味で、本書の著者・松原泰道禅師はこの項の副題として「相対以前の絶対を凝視する」と書かれています。
この語は、六祖(達磨-だるま-大師から数えて六代目の禅の祖師)・慧能(えのう)大師の言葉です。慧能大師の師匠は当然ながら5祖の弘忍(ぐにん)大師で、この語はその弘忍大師から慧能大師に法が引き継がれる際のやゝドラマチィックな出来事に由来します。
慧能は、中国の僻地(へきち)の貧しい最下層の出身ですが、仏教にはとても熱心で、弘忍大師にあこがれその下に弟子入りすることを求めます。身分制の厳しい当時ゆえに、出家をせずに寺の雑用係としてとして寺に入ることを許されます。
時を経てある日、弘忍大師は修行者たちに、これまでの修行で得た各人の現下での心境を詩にして発表することを求めます。その中で、弘忍大師の弟子の中で古参で、法を継ぐであろう最右翼と目されていた神秀(じんしゅう)の掲げた詩に対し、この詩を受けて慧能が自分なりの心境をやはり掲げます。これを目にした弘忍大師は、衆人環視の中ではこれを無視するそぶりですが、その夜ひそかに自室に慧能を呼び印可(いんか=法を極めたがゆえに自らの法を継ぐことを許すこと)を与えます。修行者の間では員数外とみられていた寺の下働きの慧能が〔法を継ぐ〕こととなったら修行者の間で悶着(もんちゃく)となり、慧能の命をも狙われかねないことを恐れた弘忍大師は夜陰に乗じて慧能を寺から逃します。
翌日そのことを知った古参の修行者たちは、慧能を後を追います。慧能が江西省と広東省の境にまたがる大庾嶺(だいゆれい)の峠にさしかかったとき、追っ手の中の慧明(えみょう)が追いつき、禅法伝授の証として弘忍大師から授かった衣鉢(いはつ=印可の象徴)を取り返そうとします。その時の慧能の言葉に、武将出身といわれ偉丈夫(いじょうぶ)の慧明でしたが、それなりに修行を重ねてきただけのことはあり、いたく感銘を受けます。そして「どうぞ私のために正法(しょうほう=正しいおしえ)を与えて下さい」と涙ながらに懇願します。
その慧明の率直な申し出に対して慧能が発したのが、「不思善不思悪(善を思わず・悪を思わず)正与麼(しょうよも)の時(まさにそのとき)那箇(なこ)か是れ明上座が本来の面目(汝が生まれながらに具えている汝の本性はどれだ?)」(筆者注=〔明上座〕とは慧明のことで先輩修行者に対する尊称が付いています)です。
禅の教えでは、「善と悪」、「正と邪」といった相対的・対立的な発想、物のとらえ方を厳に戒めています。松原泰道禅師も本書の中で「なぜなら比較すると必ずどちらかに心をひかれ、必ず自分の選んだ側にとらわれて判断がゆがめられるからです」と言われます。また二律的なものの見方、考え方に拘ることにより諍いもあり、人生における苦悩や迷いも生まれるのです。
なればどうするか? その答えは正にこの「不思善悪」の公案と対峙し、その解を求める努力(修行)の過程から生まれるのです。